【書評】祝・芥川賞W受賞。『時の家』と『叫び』レビュー|「空間」の記憶と「土地」の咆哮。33歳が描く現代の断層
キーボードを叩く指先に、少しだけ力が入る。昨日発表された第174回芥川賞。
鳥山まこと氏の『時の家』と、畠山丑雄氏の『叫び』のダブル受賞。
このニュースを聞いたとき、私はお気に入りのアールグレイを淹れるのも忘れ、しばし画面を見入ってしまった。
人事労務として、日々「人」の生活と「数字」の狭間に身を置いていると、時折、社会の底流にある乾いた手触りを感じることがある。
今回受賞した二人は、私と同じ30代、1992年生まれだ。 いわゆる「ポスト氷河期」あるいは「さとり世代」と呼ばれ、表面的には安定した就職状況の中で社会に出た彼ら。
しかし、その内側に抱える静かな焦燥と、過去から続く重圧を、この二作品は見事に体現している。
結論:この記事は「読む価値」ある?
- こんな気分向け
目に見える「成果」ばかりを求められる日々に疲れ、自分の立っている場所の「深み」を確認したい時。 - 読むと得られるもの
建築士の視点による緻密な「空間の癒やし」と、歴史と地縁が絡み合う「生の重み」。 - Low calmの判定
「3,960円と週末の半日を投資する価値がある、極上の読書体験」

Low calmが「グッときた」ところベスト3
【第1位】一級建築士が描く「空間の終焉」の美学
鳥山氏の『時の家』を読み進めると、まるで図面が立体的に立ち上がってくるような錯覚を覚える。
一級建築士というプロの知見が、取り壊される家の記憶をこれほどまでに瑞々しく、そして残酷なほど精密に描き出すとは。
人事の仕事で退職者のデスクを片付ける際、そこにあったはずの「人の気配」が消える瞬間の寂しさに似ている。
「家」という物理的な箱が失われても、そこに刻まれた時間は消えない。
難病で療養していた頃、私は四方の壁だけを見つめて過ごした。
だからこそ、空間が記憶を保持するという彼の視点に、深い救いを感じずにはいられないのだ。
【第2位】「土地の記憶」を掘り起こす、圧倒的な咆哮
対照的なのが、畠山氏の『叫び』だ。 大阪府茨木市を舞台に、生活保護の老人との交流から、銅鐸や阿片製造といった土地の隠された歴史へと潜っていく。
一見、淡々とした福祉の日常が描かれている。
しかし、その下には歴史という名のマグマが流れている。
「今、ここ」の幸福だけを消費する現代社会において、私たちが無意識に切り捨ててきた「土地の業」のようなものを突きつけられる。
それは「叫び」というタイトル通り、魂を揺さぶる強烈な体験だ。
【第3位】「さとり世代」が直面する、中堅社員のリアリティ
1992年生まれの彼らは、2015年前後に社会に出た。
「就職氷河期」は脱していたが、非正規雇用の固定化や、上がらない賃金、そしてSNSによる絶え間ない比較。
そんな中で中堅社員として板挟みになる年代の彼らが、なぜこれほどまでに「過去」や「記憶」にこだわったのか。
FPの視点から見れば、彼らは将来の不透明さに対して、極めて合理的に自分たちのルーツ(根拠)を探しているようにも見える。
「なんとなく不安」という感情に、文学という精緻な言葉で輪郭を与えてくれる。
この行為自体に、私たちは勇気をもらえるのだ。
どんな人におすすめなのか
✅ おすすめな人(時間を投資すべき人)
- 建築や歴史、あるいは福祉といった「現場」のリアリティを好む人。
- 自分のルーツや、住んでいる土地の成り立ちに興味がある人。
- 本二冊分の金額を「消費」ではなく、「教養への投資」と捉えられる人。
🚫 おすすめしない人(ミスマッチの可能性)
- スピーディーな展開や、スカッとする大逆転劇を求めている人。
- 現代の社会問題(生活保護や歴史の闇)から目を背けていたい人。
紙 or 電子どの形式で「時間」を使うべきか?
判定:紙の書籍(◎)
今回は、迷わず「紙」を手に取ってほしい。
特に『時の家』は、紙の質感と作品の「空間性」が共鳴する。
二冊合計で3,960円。FPとしては、この金額で日本の最高峰の文学を二つ同時に所有できるのは、投資対効果として非常に高いと断言する。
本棚に並んだその背表紙を見るたびに、あなたは「自分の時間」の深さを思い出すことになるだろう。
まとめ:あなたの「時間」を投資する価値はあるか
窓の外は、いつの間にか暗くなっている。 紅茶の最後の一口を飲み干し、私は改めてこの二冊の表紙を見つめる。
静謐な空間の記憶を綴る鳥山氏と、土地の底から響く声を拾い上げる畠山氏。 このダブル受賞は、私たちが忙殺される日常の中で見失いかけている「時間」と「場所」の感覚を、もう一度取り戻せというメッセージなのかもしれない。
あなたの週末、その数時間をこの二冊に捧げることは、決して無駄な支出ではない。 むしろ、それはあなたの人生の土台を固めるための、必要なコストなのだから。

【最終案内】あなたの「時間」を豊かにする一冊


